福岡市西区の歴史



福岡市西区の地理


区名が示すように福岡市の西部に位置している。東は室見川を挟んで早良区と接し、
西は糸島半島の付け根部分を区域とし、叶岳・高祖山などの300~400m級の山々があり、
糸島市と接する。南は脊振山地の一部で、早良区に接している。北は博多湾に面している。
区内を筑肥線および福岡高速道路・福岡前原有料道路が東西に貫いている。中心市街地は区の北東部の東端の姪浜地区にある。
市の中心部に比較的近い北東部、東部は市街地・住宅地が発達している。それ以外の西部や南部地域は、
国道202号や筑肥線の駅の周辺が市街化している他は田園が広がっており、
北西部の港湾沿いには漁港が点在している。また玄界灘上の能古島、玄界島、小呂島を区域に含んでいる。区の南東部の東端には福岡市地下鉄七隈線の橋本駅および同線の車両基地があり、
駅前整備は進んでいるが、周辺の発展はまだ途上段階である。


 主な地名
 
姪浜(めいのはま):
西区北東部にある地域。姪浜駅を中心に発達している。
1963年までは炭鉱があったが閉山し、その後は市街地として発展、
現在は西区の中心部となっている。なお、
住居表示設定地域の公称町名は「姪の浜○丁目」である。
ドラマ「わが家の歴史」の舞台となった街である。

小戸(おど):
姪浜の北側にある玄界灘沿いの地域。小戸ヨットハーバーがある。

愛宕浜(あたごはま):
姪浜の北側にある埋立地。住宅地が発達している。
ここから能古島へ渡る市営渡船が運航されている。

野方(のかた):

西区中央部にある地域。大規模な団地や住宅地が数多く建設されている。
住宅地の一角から弥生時代後期~古墳時代前期のものとされる遺跡が発掘された。

生の松原(いきのまつばら):
下山門駅西側の海沿いにある。その名のとおり松林がある。元寇防塁が復元されている。

今宿(いまじゅく):

区西部の今宿駅周辺に発達した市街地。
もと糸島郡今宿村。区役所の出張所がある。

周船寺(すせんじ):
区西部の周船寺駅周辺の市街地。もと糸島郡周船寺村。

元岡(もとおか):

今宿の北西に位置する福岡市の西端部。
もと糸島郡元岡村。現状では農村の色合いが濃いが、
2005年10月1日より九州大学の移転事業が進められており、
元岡地区および筑肥線の九大学研都市駅地区の周辺道路と、両地を結ぶ幹線道路の整備が進行中である。 西浦(にしのうら):
福岡市西北端部、糸島半島の先端地域。漁村の色合いが濃い。福岡県西方沖地震により大きな被害を受けた。

歴史  鎌倉時代、元寇の際に築かれた防塁が区の北の海岸線に平行に今でも存在している。区域はすべてもと早良郡および糸島郡の町村を編入したものである。福岡市が政令指定都市となった当初は現在の早良区・城南区の区域を含む西区として発足したが、1982年5月10日に西区・早良区・城南区に分割された。このときそれまでの西区は解散したので、現在の西区の区制施行日は1982年5月10日である。なお、分割前の区役所は現在の早良区役所である。                                                                            (Wikipediaより抜粋)